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濱田敬山作・真朱焼の花器

濱田敬山(はまだ けいざん)作、鬼越真朱焼(おにごえ しんしゅやき)の花器です。

鬼越真朱焼

真朱焼







大きさは、直径:22cm、口径:12cm、高さ:23cm程で、陶印は、「敬山」と入っており、共箱付きです。濱田敬山の作品でも、戦後のもので、昭和30年代のものではないか?と思います。

口元は、海鼠釉で、真朱釉がどのような釉薬を使っているかは、知りませんが、辰砂釉とは違うみたいですし、ブルーと、赤の微妙なコントラストがいい作品だと思います。

2代三橋英作さんの作品は、真紅の赤の作品が多いのに対して、濱田敬山さんのものは、朱色に近い赤のものが多いのも特徴です。

あまり見掛けない、濱田敬山さんの作品ですので、珍しく、しかも良い作品が手に入って、うれしく思っています。

真朱焼(しんしゅやき)は、千葉県鎌ヶ谷市に伝えられている焼き物で、県の伝統的 工芸品に指定されています。 真朱焼は、大正時代(大正7年頃?)、市川市鬼越に、陶芸家・濱田敬山(はまだ けいざん)が、 古代中国の鶏血焼(けいけつやき)を参考に創作したのが始まりです。

三橋英作さん第2代目三橋英作氏(昭和4年−平成20年)は、大学時代、下宿をしていたところが、窯元の近くで、大学では、園芸を勉強されましたが、実家の農業ではなく、窯業に興味をもってしまって、濱田敬山の後を継承し、より赤い真紅の真朱焼を開発しました。日展作家、東陶会会長で、皇室にも多数献上していましたが、2008年9月29日に79歳で急逝されました

三橋英作さんの取材報道が、「鎌ヶ谷市 - いい旅、いい街、いい笑顔!!いい旅TV / 旅テレ」で、紹介されていますので、ご参照ください。

近年の真朱焼真朱焼は、現在は、燃えるような真紅色が特徴の焼き物ですが、昔の色は、真朱焼と読んで字の如く、朱色でした。しかし、サンゴのような真紅の陶器が、戦後、西洋人の間で人気が高まり、昭和30年代末頃まで、その多くが、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどに、輸出品として、生産されました。約14年間、輸出ものを作られていましたが、円高の影響を受けて、採算が合わなくなり、海外向けを諦め、その後は、国内向けとなったそうです。

平成元年から10年間、真朱焼の作品(計3万個)が、郵便局の赤にちなんで、郵政省の年賀はがき三等賞品とされた事から、国内でも広く知られるようになりました。

真朱焼は、数としてはかなりの数のものが市場に出ています(年賀はがきの3等の作品がオークション市場に出ないのは、ちょっとびっくりですが)が、作家物は、数少ないようですので、良いものが手に入ったと喜んでいます。                                       
                                              (記 : 2012年2月11日)

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