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よろん焼の小皿とぐい呑み

金子恭雨(かねこ きょうう)作?、よろん焼5寸皿です。(ぐい呑みは、こちら









大きさは、径15cm、高さ3cmで、「よろん」と「桃」の印が入っています。箱等は、ありませんでしたが、2000年に亡くなられた、金子恭雨さん(享年76)か、同じく芸術家だった奥様の作品だと思います。

泥土のミネラルが、透明のガラスに溶けて発色する、青色などの微細な変化が美しいのが、よろん焼の特徴で、この小皿も、エメラルド色からコバルトブルーへ色調が変化していて、不思議な色合いになっています。

よろん焼は、鹿児島県大島郡与論島で焼かれている焼き物で、1970年に、金子恭雨(清美)氏によって創設されました。特徴は、ガラスと陶器の融合を目指して開発した、独特の構造にあります。泥土のミネラルが透明のガラスに溶けて発色し、マリンブルー、コバルトブルー、エメラルド色などの微細な変化が美しい景色を作っています。

また、この技術を開発する前に、油滴天目の作成にも成功されており、単独の油滴天目だけでなく、作品の中には、油滴天目とガラスの融合したものもあります。

ガラスと陶土という異質のものを融合させているため、焼き上がった時から、冷える時点で、収縮率が違うために割れてしまうケースが多く、歩留まりは、30%しかないそうです。

写真家でもあった金子恭雨(清美)さんは、元特攻隊の生き残りでもあり、何か奄美群島・沖縄の役に立ちたいとの思いがあり、当時日本の最南端であった与論島に、よろん焼を創設しました。今までなかった民芸品を作らねばとの思いでガラスと陶器の融合を試み、成功しています。

 窯元入口標識

 よろん焼窯元

 登り窯

2000年に金子恭雨さんが亡くなられたあとは、衰退し、与論島町場に問い合わせたところ、「以前のような営業形態ではありませんが、現在、施設を管理されている方がいらしゃいます。 関口誠さんです。」ということでした。

よろん焼窯元を訪れた方のブログを拝見すると、「もう、職人さんがいらっしゃらないとのことで、観光マップからははずされてしまったのだそう。でも、アットホームな雰囲気で、とても素敵な場所でした。」ということでした。展示室と売店は、管理人の方が続けていらっしゃるようです。

 展示室

よろん焼の技法は、1999年に、石垣島に開窯した石垣焼に暖簾分けされ、息子さんの金子晴彦さんが、継承、発展させていらっしゃいます。

尚、与論島には、よろん焼の他に、「ゆんぬ・あーどぅる焼」(与論・赤土焼)という窯元もあります。
                                                (記 : 2012年10月2日)

追記 :

金子恭雨作、よろん焼ぐい呑みを入手しました。













大きさは、径:約8,3cm、高さ:約6,9cmで、共箱、栞付きです。

箱書きが、「金子清美」とあり、金子恭雨さんの本名が入っています。

窯印の他に、作者の印が入っていますが、先に買った小皿の印と違いますので、こちらが、恭雨さんの印だと思われます。

 「恭雨」?

実は、かつて、よろん焼のぐい呑みをオークションで見つけていたのですが、うっかり締切時間を見過ごしてしまって、ゲット出来なかったことがありました。それから、1年以上は経過していますが、ようやく市場に出てきましたので、入手しました。

今回のは、共箱、栞付きでしたので、申し分なく、見つけることができて、ラッキーでした。上述のように、金子恭雨さんは、すでにお亡くなりになっていますが、大変珍しいタイプのぐい呑みですので、大切にしたいと思っています。
                                            (追記 : 2013年1月25日)

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