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エピソードと共に、その起源や、特徴を、ご紹介しています。意外な場所に、
意外な、お宝があるものです。画像と共に、うんちくも、お楽しみください。 

波佐見焼の古時計型香合 

波佐見焼(はさみやき)の「正苑窯」の作品で、古時計の形が可愛い香合です。



  

箱はありませんでしたが、「正苑」の陶印がありますので、山口正敏氏の作品だと思います。

古時計をデザインし、とても、かわいらしく仕上がっています。磁土も、天草の陶石を使用しているようで、
真っ白です。

大きさは、全体で高さ2,5×径7,8×4,9センチで、蓋を入れない高さは1,5センチです。

山口氏の作品は、蓋付き小物が多く、下の作品も、山口氏の作品です。

 120mmx60mm
         山口正敏氏作 蓋付き小物 (「武蔵野学院大学やきもの美術館」より)

波佐見焼(はさみやき)は、長崎県東彼杵郡波佐見町で焼かれる磁器のことです。しかし、慶長4年の開窯
当時から染付磁器の生産量は日本一であったといわれていますが、山ひとつ離れた、著名な産地である
有田の陰に隠れていて、知名度は低いのですが、多くの有田焼が、実は、波佐見焼だったといわれ、18世紀
以降の江戸時代の遺跡から出土する磁器は、その大部分が、波佐見焼であると推察されるいうことです。

当初は青磁を生産していましたが、やがて呉須で簡単な草花文などを描いた白地にくすんだ染付など、
同県の三川内焼とは対照的に、江戸時代から大衆向けの食器を、巨大な連房式登窯で多量に焼いて
きました。

特に波佐見からヒットした商品に「くらわんか碗」と、輸出向けの「コンプラ瓶」があり、今日でも食器生産が
盛んで、磁器製の茶碗や食器類のシェアは国内トップクラスですが、手軽で良質な暮らしの食器を供給する
という波佐見焼の姿勢は、400年たった現在も、変わることなく貫かれています。

くらわんか碗」は、江戸時代、摂津の淀川沿いの船に、小舟で近づき「餅くらわんか、酒くらわんか」と言って
売った商人その言葉から名づけられました。

   くらわんか碗

コンプラ瓶」は、染付白磁の、燗付徳利に似ており、別名”蘭瓶”とも呼ばれ、オランダ人やポルトガル人を
相手にした仲買商人「金富良商社」によって輸出されたので、その名が付いたといわれます。コンプラ瓶には、
オランダ語でJAPANSCHZOYA(日本の醤油)、JAPANSCHZAKY(日本の酒)と書かれた2種類があります。
日蘭貿易の最盛期・1650年頃から明治末期頃まで、醤油・酒などを入れて、オランダ東インド会社により、
東南アジアやオランダ本国に、長崎・出島から盛んに輸出されました。

  コンプラ瓶

そういえば、このコンプラ瓶、インドネシアの骨董店で、よく見かけるような気がします。品質が、あまり
良さそうではなかったので、これまで、見向きもしませんでしたが、今度、機会があったら、買って帰ろうと
思っています。(笑) 
                                                                          (記 : 2009年11月12日)

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