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エピソードと共に、その起源や、特徴を、ご紹介しています。意外な場所に、
意外な、お宝があるものです。画像と共に、うんちくも、お楽しみください。 

越中瀬戸焼の雷鳥徳利 

越中瀬戸焼(えっちゅうせとやき)の釈永由紀夫作(庄楽窯)の雷鳥徳利です。









白と茶褐色の雷鳥を、藁灰釉の濃淡で表現した、ユーモラスで、ぬくもりのある酒器で、釈永由紀夫さんの代表的なものの1つです。

富山県立山連峰に生息する雷鳥をモチーフにして、かわいらしく造形し、しかも、徳利にしてしまったという
のは、さすがという他、ありません。

呑んべいの私としては、たまらない作品で、こんな徳利に日本酒を入れて飲んだら、何とも言えないだろうなと
思い、購入しました。

大きさは、長さ10cm、高さ9cm程度のものですが、オス、メスの特徴が表してあり、共箱、栞付きで、確かなものです。

庄楽窯は、現在、2代目の釈永由紀夫さん(庄次郎のお孫さん)が、長女のさん、長男のさんと共に、登り窯で、幅広く作陶されています。

 釈永由紀夫さん 1954年生まれ

 釈永陽さん 1977年生まれ

 庄楽窯

越中瀬戸焼(えっちゅうせとやき)は、富山県立山町瀬戸地区にて焼かれる陶器です。全国的な磁器産地で
ある瀬戸焼を名乗っていますが、現在は陶器産地なので注意が必要です。(最盛期には磁器、陶器の双方が焼かれていました)。

文禄3年(1594年)4月に、加賀二代藩主の前田利長が、尾張国瀬戸より陶工、彦右衛門を招いて焼かせた
のが、始まりといわれ、藩の御用窯として栄え、越中国随一の磁器産地として名を馳せました。最盛期には、120近くの窯場を数えたといいます。そして、尾張の磁器産地「瀬戸」に因み、産地一帯が、瀬戸村と名付け
られました。

しかし近世に入り、幕府の保護がなくなり、衰退しました。加えて鉄道の開通によって瀬戸や有田から安価な
陶器が流入したことにより、競争力を失い存続の危機を迎え、大正年間に遂に廃絶の憂き目を見ました。

しかし、昭和18年になって地元の有志らの手によって廃窯となっていた窯場を研究し、瓦作りをしていた釈永庄次郎さん(1981年死去)が中心となって復興運動に立ち上がり、昭和22年に、庄楽窯を開窯し、漸く再興に漕ぎ着けました。2009年現在は、庄楽窯、宣明窯、千寿窯、四郎八窯の4つの窯場が伝統的な技法を継承しています。

越中瀬戸焼の特徴は、多彩な釉薬であり、藁灰や木灰を原料としています。大胆な施釉が特徴で、釉薬を掛け流した後、高温で焼成します。瀬戸焼の伝統を継ぎ、古瀬戸釉、黄瀬戸釉、灰釉などを中心に、現代風なセンスも取り入れた作品も見られます。
                                               (記 : 2010年3月13日)

追記 :

初代吉野香岳作の、越中瀬戸焼千寿窯)のぐい呑みを、手に入れることが出来ました。「吉野香岳作・越中瀬戸焼のぐい呑み」を、ご参照ください。



                                              (追記 : 2010年8月7日) 

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