熊野焼(くまのやき)の、灰釉刷毛目茶碗です。
この茶碗は、箱書きに、「門窯造」と入っていますので、恐らく、初代皿谷一二(膳左エ門)さんの作品だと思います。
昨年、熊野焼の窯元を訪れましたが、娘の緋佐子さんや実さんの作品には、「くま乃」の窯印の他に、「緋」や、「実」の印が付いていましたし、箱の汚れ方からも、時代を感じさせます。
しかも、初代の作品には、灰釉の作品が多いし、筆跡もご子息のものとは、違うようですから、初代の作品だと言って間違いないと思います。
大きさは、高さ約7.3cm 直径約13.5cmで、見込みには、刷毛目で装飾され、背面は、土の中の鉄分が出てきたのでしょうか?灰釉に赤みを帯びた部分があります。
熊野焼については、「熊野焼の窯元を訪問!」で取上げていますので、重複しますが、簡単に説明しておきます。
熊野焼は、広島県福山市熊野町の熊野焼門窯で作られている焼き物です。
元々、熊野町には、上代土器窯跡が残っており、昔から、陶土の出る地方だったようです。
昭和21年に、字門東の皿谷一二(膳左エ門)が、此の地に陶土のあるのを知り、窯を築き、「門焼(かどやき)」と称して、日用茶器等を生産しました。
昭和29年5月、春日大社宮司、水谷川忠麿氏(近衛文麿氏弟)が来訪作陶された折、熊野焼と命名されました。
それ以前は膳左ェ門の実家の屋号である門(かど)をとり、門窯(かどがま)と云っていました。
現在は熊野焼門窯と云っています。
膳左ェ門の後、皿谷緋佐子さん(83)、実さん(68)姉弟(2009年6月現在)によって、受け継がれています。
作品の数々
昨年、窯元を訪れた際には、抹茶碗は、やはり高価でしたので、買うことは出来ませんでしたが、今回、初代の茶碗が手に入って喜んでいます。
(記 : 2010年5月24日) |