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木曽漆器のぐい呑み

木曽漆器(きそしっき)の加藤彦助幽斉)作・桜花 ぐい呑2客です。







大きさは、径:5.8cm、高さ:3.6cmほどで、共箱、栞付きです。

トチの木の刳り貫きに、外黒、内朱の漆2色塗りで、酌み交すお酒を通して桜の花びらが浮き立つように、桜の花びらを金蒔絵で描いています。

調べてみると、「漆器専門サイトうるし・ドットコムよし彦」で、同じものが、5200円で売られていました。

よし彦」は、江戸時代末期の万延元年(1860年)中仙道の宿場町として栄えた木曽福島町(現木曽町福島)に、製造卸問屋として誕生し、現在では、創業140年の木曽漆器の製造・卸をしているお店です。

「伝統工芸を守ってきたという意識はない」と言う五代目彦助さんが、常にお客様が使いやすいこと、安全安心な製品をお届けすることを、頑固なまでに日々続けて、漆器作りに当たっているそうです。

 木曽福島宿にある「よし彦」

★ 木曽漆器とは ★

木曽漆器(きそしっき)は、長野県塩尻市(旧木曽郡楢川村)と、その周辺に伝わる漆器で、江戸時代中期に、中山道を往来する旅人を相手に、豊富に産出するヒノキ、桂、栃などを材料として、曲げ物、ろくろ細工、櫛といった日常雑器を作り始めたのがはじまりとされています。

古くから、木曽漆器を代表するのが、「木曽春慶」で、木曽檜の柾目板で作った木地に薄紅色の着色をし、生漆を摺り込むように塗り重ねて、最後に透明度の高い透き漆で上塗りして仕上げるものです。

このシンプルな塗り方の「木曽春慶」は、幕末までは、主流でした。

 木曽春慶

木曽漆器が、全国に名を馳せたのは、明治初期に地元から発見された「錆土(さびつち)」にあります。この錆土は、鉄分を多く含み、堅地塗をすることによって、堅牢な漆器を作ることができたからです。

それを、常に周辺に良材があったことと、職人の技も成熟期を向かえたことなどから、塗り方や、加飾の方法も多彩になりました。その代表が、「木曽変わり塗り(木曽堆朱)」、「塗り分け呂色塗」で、その他、輪島塗の手法も取り入れられました。

 木曽変わり塗

1975年には、「木曽春慶」と「木曽変わり塗(木曽堆朱)」、「塗分呂色塗」の三技法が、経済産業省に伝統的工芸品に指定され、多くの職人に受け継がれています。

現在、木曽漆器は、旧楢川村の平沢と、奈良井を中心に生産されており、年に一度(6月頃)に、木曽漆器祭奈良井宿場祭が開かれ、漆器の展示販売や、「お茶壺道中」が行われています。

 木曽漆器祭

 奈良井宿場祭

 
                                              (記 : 2015年2月5日)

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