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樺細工の茶筒

藤木伝四郎商店作、樺細工(かばざいく)(桜皮細工)の茶筒茶箕(ちゃみ)のセットです。













大きさは、径:8cm、高さ:12cmほどで、共箱、栞付きです。

秋田県仙北市角館(かくのだて)の、国の伝統工芸品の樺細工の茶筒で、総皮ものと呼ばれているもので、カキツバタ(燕子花)でしょうか?、見事な模様が描かれています。

藤木伝四郎商店の製作で、藤木伝四郎商店は、1851年、江戸時代の嘉永4年の創業以来、六代にわたって、約200年間、上質な樺細工を作り続けています。また、角館伝四郎(かくのだて でんしろう)は、藤木伝四郎商店のブランド名となっています。


                   藤木伝四郎商店

樹皮を薄く削り、研磨した「無地皮」と呼ばれるものは、良く見かけますが、このような柄物は、少ないように思いますので、 大変、良いものが手に入ったと喜んでいます。

こちらは、金属の茶缶に、樺細工(桜皮細工)が施された茶筒です。









大きさは、径:7.5cm、高さ:14cmで、裏と表で柄が違い、この模様が気に入り、購入しました。

茶筒の場合には、総皮のもの(型もの)、木地のもの、そして、この茶筒のような錫メッキ缶やステンレス缶が地のものがありますが、この順番に値段が下がります。

この茶筒は、大変お安く手に入れることが出来ましたので、早速、静岡産の煎茶を入れて、普段使いにしましています。



★ 樺細工(桜皮細工) ★

樺細工(桜皮細工)」は、秋田県仙北市角館(かくのだて)で作られている工芸品で、安永年間〜天明年間(1775〜83)の頃に、角館を拝領していた佐竹北家の手判役、藤村彦六によって、秋田県阿仁地方から技法を伝えられたのが始まりとされています。

佐竹北家の庇護のもと、下級武士の手内職として、角館で育まれ、明治に入っては、禄を失った武士たちが、本格的に樺細工の製作に取り組み、やがて問屋制度などの流通も整備・確立され、次第に商品価値の高まりを見せました。

樺細工」と言われていますが、樺(かば)は、使われておらず、ヤマザクラの皮が使われています。何故、「樺細工」というのかについては、諸説があり、定説はありません。

参考までに、藤木伝四郎商店のHPでは、「その語源は万葉集の長歌の中で、山桜を「かには」と表現したものが後に「かば」に転化したと言われています。」となっています。

樺細工の原材料は、桜の樹皮です。ヤマザクラの樹皮を幹から丁寧に剥がし、それをほぼ1年ほど陰干しにして水分を抜いたものを使います。

型に桜皮を何層にも重ね貼りをして、型を抜く総皮もの(型もの)と、木地に桜皮を貼りつける木地ものがあります。

 総皮茶筒

張り付ける接着剤は、ニカワです。およそ80度から120度ほどで熱したカンの中にニカワを入れ、張り付ける部分の全面に塗り、少し乾いてから台となる生地に熱したコテで押さえながら張り付けていきます。



そのあと、張り付けた桜の皮の表面を、最初にサメの皮を板に張り付けたヤスリでこそぎ落とし、さらにトクサ(植物)の乾燥したものでなぞり、最後にツヤを出すために布で丁寧に磨いて完成です。

かつては、印籠や胴乱といった小さなものに使われることが多かった樺細工ですが、現在の代表的な製品としては、茶筒・茶櫃等のお茶道具類、文箱、茶だんす、ブローチ、タイピンなどがあります。

樺細工には、桜皮の性質から、乾燥した物の湿度を一定に保ち、外部からの変化から守る特徴があるとされており、茶筒や喫煙具に向いているとされています。

樺細工の制作風景の様子を撮ったものが、YouTubeにあります。「樺細工の茶筒制作風景」をご参照ください。

角館の樺細工は、現在、約300名が従事し、年間生産額は、十数億円で、角館の基幹産業となっています。
                                               (記 : 2014年10月1日)

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