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唐墨の油煙墨と松煙墨

中国産の徽墨(きぼく)、曹素功(そうそこう)製の油煙墨唐墨」です。

  

 

大きさは、長さ:11.2cm、幅:4cm、厚さ:2.2cmで、竹紋・超細油煙墨唐墨」で、「徽歙曹素功」製です。重さ、約125gの4丁ものといわれるサイズのものです。

木型の木目が見えますし、「敏楠氏」と作者?が記されていますので、良いものだと思いますが、ラベルは新しいので、比較的に新しいものでは?と思っています。

中国の安徽省は、良水・松 ・にかわ・うるしなど製墨条件に適した地域で、古来より製墨業が盛んな安徽省の徽をとり、ここで作られた墨は、徽墨(きぼく)と呼ばれています。

戦後の徽墨の生産は、「上海墨廠」に統合されていましたが、1978年からの改革開放政策で、1980年代に入って、いくつかの個人経営の墨廠(ぼくしょう)に分かれてゆき、現在では、「胡開文(こかいぶん)」や「曹素功」などのブランド名で墨の製造を行う墨廠が、安徽省を中心に20ばかりも存在していますので、その内の1つの墨廠の生産品だと思われます。

その中でも、ラベルのデザインと箱から、「曹素功芸粟斎」のものではないか?と思っています。

★ 徽墨の歴史 ★

唐時代の中国での墨の製造は、河北省易水が中心でしたが、易水が乱世となったため、墨匠たちは、安徽省歙州(きゅうしゅう)に移りました。宋の時代に、歙州は、徽州(きしゅう)と改称し、この地で作られる墨を、「徽墨(きぼく)」というようになりました。

宋代から、明、清時代まで、中国の製墨業は、徽州に集中し、多くの名工を輩出しています。特に、明の時代には、名工が出て、古墨と言えば、「明墨」といわれるようになっています。

清時代に入って、乾隆帝の時代には、徽州の製墨は、一段と盛んになり、この時代の「曹素功」、「汪近聖」、「汪節庵」、「胡開文」などが、清代製墨の、「四大家」と呼ばれていました。

清が終わると、「曹素功」と、「胡開文」が市場を独占していましたが、新中国が誕生後、統合されて、「上海墨廠」となり、公私合営、国営になりましたが、改革開放後は、民営化されています。

★ 「曹素功」と「胡開文」 ★

前述の通り、清代には「四大家」が、製墨を担っていましたが、清が終わり、新中国が誕生すると、国の施策により、1960年代に、同業の「曹素功」と、「胡開文」の職人が統合されて、「上海墨廠」として再編され、近代的な設備で量産されるようになりました。

しかし、その後、1978年から始まった改革開放政策により、民営化され、「上海墨廠」は、いくつかの個人経営の墨廠に分かれてゆきました。

現在では、「胡開文」や「曹素功」などのブランド名で墨の製造を行う墨廠が、安徽省を中心に20ばかりも存在しています。

そういう事情ですので、「上海墨廠」に統合された後の、ブランドとしての「胡開文」と、「曹素功」は、厳密にいうと、清時代のブランドを継承しているということにはならないのだと思います。

よく、「唐墨は、文革前(1965年以前)のものが良い」と言われているのは、こういった事情を反映してのことだと思われます。

曹素功」は、明から清へと王朝が変わる中で、明末の名工として知られた呉叔大が閉鎖される際、それを譲り受けて継承する形で創業されました。

当初は、歙県にあった一店舗を堅持して、墨質の維持向上に努めながら営業していましたが、第六代目の時に、「曹素功引泉」、「曹素功徳酬」、「曹素功堯千」という三店舗に分かれ、特に、上海に進出した「曹素功堯千」は、著しく発展して、商標登録をするなど、ブランドとして確立させました。

胡開文」は、徽州の人、胡天注が清の乾隆30年(1756年)に創業した墨店で、その後、分店を重ねて規模を拡大し続けました。現在でも、安徽省黄山市屯渓付近に20近い工場があり、「胡開文」の名前で墨を作っています。

★ 中国産の墨(唐墨)と、日本産の墨(和墨)は、どう違うの? ★

硯(すずり)と墨の話」の中でも触れていますが、墨は、飛鳥時代に、中国から日本へ伝わりました。

墨の起源は、中国、殷の時代(紀元前1,500年頃、約3500年前)にさかのぼります。漢の時代に入り、後漢(25〜220)の時、105年に蔡倫(さいりん)が紙を発明し、これに伴ない墨の需要が急速に高まり、現在ある墨の原形となるものが生れ、唐の時代(618〜907)には、今日の墨の形が整えられました。

日本へは、硯と共に、飛鳥時代に、中国から伝わったと思われ、奈良時代には、奈良で墨の製造がはじまり、平安時代には、丹波、播磨、大宰府、紀州辺りでも、製造されるようになりました


ですから、基本的には、作り方は、同じです。しかしながら、中国と日本の気候や水の違いや、国風文化、仮名文字の発展などから、その後の過程で、幾つかの違いが出てきたようです。

@ 使用する煤と膠の分量の違い

その大きな特徴は、煤と、にかわの分量の違いです。概ね、煤に対するにかわの分量は、下記の通りです。

  和墨は煙煤と高粘度の膠が 10対 6。
  唐墨は煙煤と低粘度の膠が 10対12。

唐墨には、日本の約2倍の膠(にかわ)が多く含まれています。これは、中国では粘性の低いにかわを使用しているためで、使う水も硬水であることも影響しているそうです。(日本は、軟水です。)

A 煤と膠の練り合わせ方の違い

煤と膠を練り合わせる際、日本では、足や手を使って、まさしく練り合わせています。

 日本では、足や手を使って練る。

しかし、中国では、その墨の塊を大きな金槌で何百回も叩いて練り合わせます。打つことで 膠はへたり(弱くなる)、粘りが弱く なって磨った時に筆の滑りが良くなるといわれています。

 中国では金槌で叩く

YouTubeに、台湾での墨作りの映像があります。中国語で話していますので、内容はよくわかりませんが、作り方は、よくわかりますので、ご参照ください。「台湾黒手 製墨大師陳嘉徳

問題は、陳嘉徳作と銘があるものだけでなく、ヤフオクでよく見かける墨を作っていること・・・・・これって、台湾産の松煙墨が、中国産の「徽墨」として、売られているのでは?と思いますよね。

流通しているものには、多分、そういったバッタものも多いのでしょうね。

B 唐墨と和墨、どっちがいいの?

結論としては、「用途上使い分けるため、どっちがいいというのは、困難」ということになるでしょう。

ただ、唐墨は、日本の気候、湿度と合わないために、日本で使う場合、「よく割れる」傾向があります。

その一方で、文化大革命以前の唐墨の寿命は長く、宋、明や清の時代に作られた「古墨」と言われる名墨は、長く使用に耐えますが、一般的に、和墨の寿命は、短い(最長50年程度)とされています。(文化大革命後の唐墨は、職人気質の低下、膠の材料等の劣化で、以前のような高品質ではないと、いわれています。)

C 良い墨の見分け方

一般的に良い墨とは、密度が高く、十分に乾燥していることが条件となります。

その結果、@ 持った感じで、重量感を感じるもの、A 叩いた時に、高い音がするもの、B 木型の木目がついているもの (職人の腕が良い)と、されています。

とは言え、素人には、判断は難しいですね。(笑)

D 墨と硯の相性

一般的に、唐硯には、唐墨が、和硯には、和墨が合うといわれていますが、実際に、実験した映像が、YouTubeにありますので、ご参照ください。

 「高価な硯は、よく摺れる?

★ 中国産の松煙墨 ★

こちらは、徽歙州胡開文仿・南唐李延珪造の「黄山松煙(こうざんしょうえん)」です。

 

大きさは、長さ:13.5cm、幅:3cm、厚さ:1.3cm、重さ:約63gで、8丁ものの松煙墨(しょうえんぼく)です。

胡開文仿」となっていますので、作者の李延珪が、南唐で、中国安徽省・歙県(きゅうけん)の「胡開文」の作法を使って製作したものということで、時代も、最近のものと思います。

中国の松煙墨は、中国安徽省の深山幽谷で知られる黄山(こうざん)で採取した松煙を原料とし、歙県で、膠と香料を混練りして型詰めされた「黄山松煙」が、特に有名で、深みのある気品ある青みがかった黒色が特徴です。

日本の松煙墨では、紀州松煙が有名でしたが、戦後、材料の入手難やコストの安いものに押されて、一時途絶えていましたが、現在は、墨工房『紀州松煙』の堀池雅夫さんが、1988年に脱サラして、奥さんの実家の墨屋を継ぎ、紀州松煙を復活させています。

また、日本の墨の90%のシェアを持つ奈良でも、松煙墨は、作られています。

★ 油煙墨と松煙墨の違い ★

油煙墨と、松煙墨の違いは、原材料による違いです。菜種油やゴマ油、大豆油、ツバキ油、キリ油などの液体油を使って作ったのが、油煙墨(ゆえんぼく)で、松の木片を燃焼させて煤を採取して作るのが、松煙墨(しょうえんぼく)です。

油煙墨は、煤の粒子が細かく均一で、黒の色はつやと深味のある純黒で、硯あたりも滑めらかで、墨のすり口を見ますと強い光沢があり、よい油煙墨ほどこの光沢が強くなります。

淡墨にすると茶味を帯びているため「茶墨 」とも言います。墨が古くなっても色の変化はほとんどありません。

松煙墨は、燃焼温度にむらがあり、粒子の大きさが不均一で、大きいことから、重厚な黒味から青灰色に至るまで墨色に幅があります。また、青みがかった色のものは「青墨(せいぼく)」と呼ばれています。墨色は艶がなく、時間の経過により色が青黒化します。

 (画像出展:酔中夢書

煤の粒子の粗さが、わかるのが、上記の画像で、左が松煙墨で、右が、油煙墨です。粒子の粗い松煙墨は、ザラザラとしているのに対して、油煙墨は、ツルツルになっています。

いずれにしても、、どちらが高級ということではなく、用途に合わせて使うということだと思います。また、双方を混ぜて摺っても、全く問題はないということです。

油煙墨と、松煙墨の墨の色の違いは、YouTubeの「墨の色ー油煙墨と松煙墨 」にありますので、ご参照ください。

★ 古墨とは ★

Wikipediaによりますと、『古墨(こぼく)とは、文房四宝における墨の中で、製造されてから長い年月を経ている ものをいい、品質の良い墨とされている。通常、唐墨は清時代までに、和墨は江戸時代 までにつくられたものを古墨と称す。』とありますが、ただ、古いだけでは、「古墨」とはいえないようです。

上記の「唐墨と和墨の違い」で、「宋、明や清の時代に作られた「古墨」と言われる名墨は、長く使用に耐えますが、一般的に、和墨の寿命は、短い(最長50年程度)とされています。」と話しましたが、その鍵は、膠の蛋白質にあるようです。

所謂、「墨の枯れ 」は、言い換えれば、膠という蛋白質の自然界における分解の過程であって、膠を「腐らず」に、長く生かすことができれば、墨枯れが起きず、「古墨」としての、条件の1つを満たすということなのだと思います。

膠の大敵は、「高温多湿」で、気温30度、100%の湿度の条件では、1カ月ともたないそうです。

現在の奈良では、製墨を、膠の腐らない秋から冬にかけて行っているように、日本の夏のような高温多湿は、膠にとって最悪の条件のようです。日本の気候と、膠の性質が、和墨の寿命が短い原因のようですね。

一方、中国内陸部は、湿度が低いため、膠の蛋白質の分解が遅く、また、墨玉を作る際に、金槌で何度も叩いて、膠の組織を切っているのも、寿命の長い墨になる秘訣のようです。

「古墨」と言われているものは、良い墨を大切に、湿度、温度を低く保った状態で保管してきたことの現れではないか?と思います。

こういったことから、古墨とは、「製造されてから長い年月を経ていて、完全に膠の生きているもの 」と言っていいのではないでしょうか?

★ 唐墨は、よく割れる? ★

こちらは、「上海墨廠」製の徽墨「龍翔鳳舞」です。

 





大きさは、長さ:16cm、太さ:2.5cmほどで、六角形をしています。

しかし・・・・・輸送中の事故で、届いたものは、こんなに割れていました。(涙)

この唐墨は、「曹素功」と、「胡開文」が統合されて上海墨廠となり、上海において、近代的な設備での生産に入っていた頃のものですので、40年ほど前のもので、大量生産品なのだと思われます。

一般的に、日本では、「中国の墨は、よく割れる」といわれています。

その最大の原因は、「高温多湿」のようで、膠のたんぱく質の劣化が進んでしまって、割れやすくなるということです。日本の、特に、夏は、高温多湿の最たる時期ですので、こんな時期に買って、定型外郵便で送ってもらった私が悪かったということか・・・・

私の墨のように、パリッと割れるだけでなく、下のように、ひび割れてしまうものもあります。まさに、「枯れ落ちた」という感じですね。(笑)



唐墨は、湿度、温度を低く保った状態で保管するのが望ましく、机の引き出しの隅の方へ、桐箱に入れて、保管すると、長く愛用できるそうです。

尚、墨の起源や、作り方については、「硯(すずり)と墨の話」にありますので、ご参照ください。

★ 唐墨と和墨の大きさ違いは? ★

墨の大きさは、中国も、日本も、大きさではなく、重さで、表します。

唐墨は、一丁ものが、約500gで、1/2の約250gが、2丁もの、1/4の約125gが、4丁もの、1/8の約63gが、8丁もの、1/16の約31gが、16丁ものと呼ばれます。

また、近年は、約30g=1両を使うことも多くなってきていて、1両は、16丁ものに該当します。

和墨は、15gを一丁型とし、30g=2丁型、45g=3丁型、75g=5丁型、120g=8丁型、150g=10丁型・・・・となっています。

和墨のサイズは、一丁型は、概ね、7〜7.5cm、2丁型は、8〜8.5cm、3丁型は、11cm程度、5丁型は、13〜13.5cm、10丁型が、18cm程度と覚えておいても、良さそうです。

一丁型(15g)の和墨を作る際には、後に乾燥させて、水分を抜きますので、木型に入れる時には、25gを入れるそうです。10gが水分として、乾燥していくということになりますね。

出来上がった墨の重さの計算は、体積X1.2で、縦・横・高さを掛けて、1.2倍したものが、重さになります。

                                                (記 : 2013年8月28日)

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